試験に込められた「想い」を、くみ取り、読み解く。

   

都内は、にわかに肌寒さを感じるようになってきました。

 

つい、このあいだまで、夏バテに気をつけなければ、と過ごしていたような気がします。

時間の流れが、めっきり早くなったような気がするのは、気のせいでしょうか。

 

ともあれ、季節の変わり目、皆さまくれぐれも、ご自愛ください。

 

 

さて、来週に迫ってまいりました、

都内国立小受験の、直前講習の企画・準備をしています。

 

 

 

実際に、講座の問題を組み立てていると、こんなことを思い出します。

 

 

「ガリレオシリーズ」としても有名な、東野圭吾さんの推理小説『容疑者Xの献身』にて、

 

主人公でもある湯川学と、旧知の仲でもあった数学教師、石神の間で交わされた、こんな会話があります。

(以下、抜粋)

 

石神はいった。「以前おまえにこういう問題を出されたことがある。人に解けない問題を作るのと、その問題を解くのとでは、どちらが難しいかーー覚えているか」

「覚えている。僕の答えは、問題を作るほうが難しい、だ。解答者は、常に出題者に対して敬意を払わねばならないと思っている」

 

(東野圭吾『容疑者Xの献身』ISBN4167110121 p,300)

 

 

はたして、問題を作るのと、解くのでは、どちらが難しいのか。

 

前述の小説とは、少しシチュエーションが違いますが、

この問いに対して、

「作る側」として、あらためて向き合っています。

 

実際に問題を作る中で感じるのは、

問題を作る側は、そこに、さまざまな「想い」をこめているのではないか。

ということです。

 

 

「出題者の意図をくみとる」という表現は、

受験の上級編では、たびたび聞かれる単語ですが、

 

限られた時間で実施する試験の中では、

ひとつひとつに、「これを聞いてみよう」という意図があります。

 

 

その意図は、

設問の構成や順番

問題の言い回し

あるいは、当日の会場で作り出す空気などにも、こめられているように思います。

 

 

そして、

試験の問題というのは、

けっして、解くことのできない難問を準備するということではなく、

 

必要なステップを踏めば、

そして、求められる力を身につけていれば、

必ず、正解できる問題です。

 

解答者の力量を図りながら、

簡単すぎず、難しすぎずの、

ちょうど良いラインを探っていく。

 

そういう意味では、問題を作る側は、

常に、解く側を考え、ある意味では、回答者に敬意を払って問題を作っている、とも言るかもしれません。

 

 

 

そんなことも考えながら、過去問を読みとき、

そこに書かれていない「行間」を読んでいきます

 

 

 

 

ただの早期教育や「知育」としてだけでなく

 

小中高大……と続いていく「学び」のスタートラインに立つ、

その土台として何が必要か。

 

そういったことを、ひとつひとつ、問いかけていく。

 

「学び」に対しての、こだわりと自負がある、

一流の先生がたが作る試験というのは、

そういうものではないかと、思えてなりません。

 

 

そんな、問題を作る側の「想い」についても、

想像を巡らせながら、

こめられた「意図」を再現していくための作業を、しています。

 

 

 

 

解く側が、込められた意図を認識しながら問題にあたる、

というのは、現実的ではないですし、その必要もないと思います。

 

 

ですが、子どもたちの学びの入り口に関わらせていただく以上は、

形を追いかけるだけではなく、

そこに込められた意図も理解した上で、指導をしていくことが使命だと感じています。

 

 

それでこそ、

大切なお子さまをお預かりできる、プロたりえるのだと、思います。

 

 

そんな覚悟のもと、

来週まで、少しでも良い講座を作るべく、

見直しに見直しを重ねて、準備をしてまいります。

 

 

ご参加いただく皆様、当日、会場でお待ちしております。

 

 

 

 

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